日々楽々ワイド劇場―――湯けむり旅情殺人


 作者:BUTAPENNさん

 部屋は、屋外の雪の白さでほんのりと照らされ、中の人物を誰何するまでもなく判
別できた。
「とっとさん」
「あれ、どうしたんですか? 女将さん」
 BUTAPENNは、とっとの泊まる部屋の中をすばやく見回した。同室のTERUはいない。
shionの姿も見えないところを見ると、ふたりでしっぽり、本館のバーで飲んででも
いるのだろう。鹿の子は無類の温泉好きだけあって、今ごろ夜更けの大浴場でひとり
スイミングを楽しんでいるはずだ。
 離れには今、このふたりしかいない。
「あら、灯りを消して、どこかへ行くところだったの?」
「ええ、露天風呂へ。せっかく部屋の窓からすぐ近くに見えてるのに、行かない手は
ありませんからね」
 日ワイの5人は、一泊の予定で温泉ツアーに来ていた。
 日本海に面した旅情豊かな雪深い温泉地。有名な「神芦堂温泉旅館・別館」。
 次回作「湯けむり旅情殺人事件〜美しき殺意の構図〜ニホンザルは知っていた」の
打ち合わせと慰労を兼ねての、楽しい旅行となるはずだった。
 本物の殺意を胸に秘めた参加者が、その中にいようとは、誰も知らず。
「実はとっとさんに見てもらいたいものがあるのよ」
「なんでしょう」
「喫茶吾眠の譲渡契約書」
「な、なんですって?」
 驚愕の色が彼の顔に浮かぶ。
「じ、冗談はやめてくださいよ、女将さん」
「あら、冗談なんかじゃないわよ」
 くすくすと、BUTAPENNは哂(わら)った。
「私も長いあいだ、自分の店を持たない出張女将としてあちこちの店を回ってきた
わ。吾眠は客層もいいし、私にぴったりなのよね。私もそろそろ落ち着いて、自分の
店が持ちたくなってきたの」
「そ、そんな。いくら女将さんでも、そんなことはさせません」
 畳の上に敷かれたふとんの上で、ついと身体を近づけてくる彼女に、とっとは狼狽
した声をあげた。
「吾眠は、マスターの羽黒那智の亡くなったお祖父さんから、くれぐれもとわたしが
頼まれている店です。その約束を破って、他人に譲渡することなどできませんよ」
「他人、じゃなければいいのね」
 BUTAPENNは、着ていた浴衣のひもをはらりとほどいた。
「やめてください、絶対に無理です!」
「……ここまでしている私に、恥をかかせるの?」
 妖しい笑みが、次の瞬間、般若のものに変わった。
 手に持っていた浴衣のひもを、グイととっとの首に巻きつけると、彼女は膝立ちに
なって、渾身の力でねじりあげた。
 数分後、完全に動かなくなったとっとの身体が、ふとんの上に横たわる。
 はあはあ、と荒い息をつきながら、加害者の女は被害者の男の浴衣を脱がせ始め
た。

「ちょっと、た、タンマ!」
 遺体がむくりと起き上がる。「ひどいですよ、女将さん」
「あーあ、せっかくの、日ワイにしてはめずらしい緊迫感をだいなしにしちゃって、
どうしたの?」
「確かにそれは、認めますが、これはないでしょう。またわたしは全裸ですか」
「私だって、浴衣をぱらりよ。女の私がこれだけ身体を張って、日ワイの視聴率を上
げようとしてるのに、ちょっとはガマンしなさい」
「そんなこと言われたって、愛妻家でふたりの可愛い子どもがいるわたしが、こうい
う誤解を招くような場面はまずいですよ」
「わたしだって、旦那もいりゃ、大学に入ろうとしているふたりの憎たらしい息子も
いるわよ! でも、仕方ないの」
 BUTAPENNはセットの陰から、がらがらとホワイトボードを出してきて、そこに「日
ワイ劇場の犯人と被害者の一覧表」を書き込む。
「ね、なぜか私とTERUさんは、犯人になったことがないのよ。これはやるっきゃない
でしょ。被害者もそういう意味で、回数の少ないとっとさんを選んだわけ」
「鹿の子さんも、わたしと並んで死体経験は少ないですよ」
「だって、鹿の子ちゃん、あのふかふかの着ぐるみがかわゆいんだもん。演技でも殺
すなんて可哀そう」
「わたしは、可哀そうじゃないんですか」
「うん、全然」
 とっとは、しくしくと泣きながら、
「でも今回のお話、もう犯人がわかっちゃったんだから、これでおしまいじゃないの
ですか」
「ミステリ好きのとっとさんなら、わかるでしょう。これは『倒叙もの』ミステリな
のよ」
「はあ、動機も犯行の様子も最初からわかっていて、犯人が探偵役に追い詰められて
いく過程を描いたジャンルですね」
「そう。刑事コロンボや、古畑任三郎と同じ」
「それじゃ、探偵役はとぼけたキャラがいいってことですね。ということは……」

 鹿の子が本日8回目のお湯から上がってくると、旅館中が大騒ぎになっていた。
「あ、鹿の子ちゃん」
 shionが泣きながら近づいてきた。
「びっくりしてね。とっとさんが誰かに殺されたのよ。ついさっき、露天風呂で全裸
死体になって発見されたの」
「え〜〜っ!」
 shionは悲痛な表情で説明しながらも、「全裸」ということばを発音するときだけ
は、妙に元気な声になっていた。
 殺害現場は、天然の林に囲まれた岩風呂だった。
 そのかたわらに、白いシーツをかけられたとっとの遺体が横たえられ、TERUと
BUTAPENNが悲しげにそれを見下ろしていた。
「発見したのは僕だよ」
 TERUが鹿の子に説明した。「部屋に戻ったら、とっとさんがいない。露天風呂かな
と思って庭に出てのぞいてみたら、うつ伏せにぷかぷか浮いていたんだ。首には何か
で絞められたような跡がある」
「警察はどうも、今晩は来れないみたいなの。雪崩で道が閉鎖されているってフロン
トの人が教えてくれたわ」
 と、BUTAPENNが付け加えた。
「私たちで、この事件を解決しなきゃいけないと思う」
 shionが決然とした声で言う。「そ、それにしても寒いなあ。こんなところに立っ
てたら、凍え死んじゃうわ」
「あの、みなさん。せっかく露天風呂がそばにあるんだから、ゆっくりつかりながら
推理しません?」
 鹿の子がのんびりと提案した。
 数分後、彼らは心地よく湯に身体を沈めていた。
「男ひとりに全裸の美女三人。と言っても鹿の子さんは鹿の着ぐるみだけど。なんて
オイシイ役だろう。あー、鼻血が出そうだ」
 TERUが幸せそうにつぶやいている。
「あの、実は」
 BUTAPENNが声をひそめて言う。「私、実は殺害現場を見ちゃったのよ」
「えっ??」
「12時過ぎだったと思う。本館にジュースを買いに行って、渡り廊下を戻ってくる
途中、廊下の窓から露天風呂のほうを何気なしに見たの。そしたらちょうどひとりが
湯船につかっていて、そこへもうひとりが入っていくのが見えたの。お湯の中にいた
のはとっとさんだとすると、入って行った男性が犯人なんじゃないかしら」
「ど、どんな男だったの?」
「湯けむりで、おまけに後ろを向いていたから顔はわからない。でも2メートル近い
大男だったわ」
「宿泊客の中にそんな奴がいるかどうか、フロントに聞いてみよう」
「物盗りが目的で外部から侵入してきた奴かもしれないわ」
 BUTAPENNが畳み掛けるように言う。「部屋にあるとっとさんの持ち物を調べたほう
がいいわ。財布やクレジットカードや印鑑がなくなっているかもしれない」
「あ、あのお取り込み中すいませんが」
 横たわっていたとっとの死体がむくりと起き上がって、がちがち歯を鳴らしてい
る。
「わたし、全裸でシーツ一枚ですっごく寒いんですけど。もっと早く推理してもらえ
ませんか」
「ほんとだ。すごい鳥肌ですぅ」
「じゃあ、とっとさんも湯船に入りなさいよ。いい気持ちだよ」
 shionの誘いに、それじゃ、と飛びつくとっと。頭にもうタオルまで乗せている。
「せっかくハーレム状態だったのに」とぶつぶつ文句を言うTERU。
 露天風呂には、3人の女とひとりの男と、ひとりの死体が気持ち良さそうに肩まで
つかった。
「あー、これで熱燗があったら、この世の天国なんだけどなあ」と、とっと。
「死体のくせに、ぜいたく言うんじゃないわよ。本物の天国に行っちゃいなさい」
と、BUTAPENN。
「あのぅ」
 鹿の子が沈黙を破った。「私の話聞いてもらえませんか?」
「いいわよ、鹿の子ちゃん。何?」
「私、小さい頃からよく、庭に出るときにつっかけを履くのを忘れて、裸足で飛び出
して、母に叱られたんです。あわてんぼなんですね。それでよく足の裏を石ですりむ
いたりしてました」
「それで?」
「露天風呂のそばに、とっとさんが履いてきたはずのつっかけがないんです。浴衣が
ないのは、もしかして部屋で脱いで、タオルを腰に巻いて飛び出してきたかもしれな
い。でも、つっかけを履かなければ、石畳の庭から岩風呂までの途中で足を怪我して
しまいます。子どもの頃の私みたいに。
もしかして、とっとさんは部屋で殺されて、その後犯人によって、ここまで運ばれた
んじゃないでしょうか」
「鹿の子ちゃん、何を言うの。それじゃ私の目撃した大男は何かの見まちがいだって
いうわけ?」
 女将が冷笑するように言う。
「それはわかりませんが、証拠はあります。……TERUさん、死体を発見する前に離れ
の部屋に戻ったとき、何か変だと思いませんでしたか?」
「変?」
「たとえば、部屋の空調とか」
「ああ、そういえば、やたらに寒かったのを覚えてるなあ」
「さっき、私この殺人現場へ来る前に、庭から私たちの泊まっている離れの部屋のほ
うを見たんです。おかしなことに、他の部屋は全部ガラス窓が曇っているのに、とっ
とさんとTERUさんの部屋だけはそれほど曇っていなかったんです」
「それってどういうこと?」
 shionが真剣なまなざしで訊ねた。
「はい。他の部屋は宿泊客は留守でも、空調のおかげで室温が保たれていた。でも、
とっとさんたちの部屋だけは、長時間窓が開け放たれていたため、外気と同じ温度に
なっていた。だから、ガラスが曇っていなかったんです。
これは多分、部屋でとっとさんを殺害した犯人が、死体を露天風呂まで運ぶのに、と
ても時間がかかったんじゃないでしょうか。
何回も途中で休みながら。犯人は非力な女性かもしれないとおもうんです。それに
とっとさんの部屋に出入りできる顔見知りじゃないかな、と」
「なんか、今日の鹿の子ちゃん、一味違うな」
 TERUが感心する。
「へへー、わかります? 今日はシナモン味なんですぅ」
「うわあ。あとで舐めてみてもいいかな?」
「ダーリン、何バカなこと言ってんの?」
 shionがじろりとにらむ。「マイスイートポテトの鹿の子ちゃんをお味見なんかし
たら、許さないわよ」
 BUTAPENNだけが、青ざめた顔で鹿の子のほうを見つめていた。
「じゃあ、鹿の子ちゃんは、私たちの誰かが犯人だと言うのね」
「誰かじゃなくて、もう誰だかわかってます」
「どういうことなの?」
「私の家でも、冬の寒い朝は窓にびっしり結露がついていて、真っ白なすりガラスみ
たいなんです。100円ショップで買った「露取りぞうさん」っていうアイディア商
品を使って、家中の窓の結露をこそげ取るのが、私の役目なんです」
「それがどうしたの?」
 いらいらが頂点に達したように叫ぶBUTAPENNに、鹿の子は悲しそうに微笑んだ。
「女将さん、渡り廊下の窓から露天風呂が見えたとおっしゃいましたよね。廊下の窓
は外気との気温差で結露がひどくて、中から外は見えないんです。ましてや廊下には
煌々と灯りが灯っていて、その反射で暗い外までは見えるはずはないんです。
私、8回も大浴場に行くために通ったから、間違いありません。
露天風呂が中から見えたのは、長時間窓を開け放していたとっとさんの部屋だけ。女
将さんはそれで勘違いなさったんです。
それに、とっとさんの持ち物の中に印鑑があると言ったのは、ミスでしたね。常識で
言えば、普通の温泉旅行に印鑑は持ち歩きません。日ワイの打ち合わせで必要だから
と、とっとさんを騙して印鑑を持ってこさせ、それを奪うために殺害した。
女将さん、とっとさんを殺したのはあなたです」
 BUTAPENNは、湯けむりの立ち上る満天の星空を見上げて、うふと笑った。

「あー、なんか今回は本格推理って感じだったね。ま、露天風呂があちこちから覗け
る構造になってるのはおかしいなんていうツッコミも多々あるんだけど、雰囲気だけ
でも味わえたよね」
 shionが打ち上げのビールジョッキを高々と持ち上げた。「いつか、ダーリンが犯
人になった話が見たいなあ。黒コートを羽織ったすっごい悪人になって、私をぞくぞ
くさせてね」
「ふふふ、僕がハニーの期待に一度だって応えなかったことがあるかい?」
 TERUが微笑む。「……それはそうと、鹿の子さんはどうした?」
「あ、遅れてすいませ〜ん」
 鹿の着ぐるみを着た2頭身の鹿の子がばたばたとロビーを走ってきた。そのポケッ
トからマンガ喫茶の広告入りティッシュが、いくつもこぼれ落ちる。
「ちょっと広報さんとファックスで、タイトルの差し替えについて相談してたんで
す。新しいタイトルはこれですからね」
 鹿の子が示した紙には、こう書いてあった。
『湯けむり旅情殺人事件〜美しき殺意の構図〜かわゆい小鹿は知っていた』

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BUTAPENNさんからの、体を張った作品をいただいました!
鹿の子は最初「こ・・・これは!『日ワイ』初の濡れ場か?!」(濡れ場なんて古いかしら・・・)と、ドキドキしてしまいました(笑)。
それにしても、温泉で泳いだり(実はこの間してしまった・・・)結露を取ったり(笑)。
毎回みなさんが描かれる鹿の子ちゃんに、私はこれまたドキドキでございます。
『トゥルーマン・ショー』(ジム・キャリー主演)ってことは、ないよね(笑)??

 感謝、感激、春一番!  BUTAPENNさんのサイトはこちらから〜 ABOUNDING GRACE

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