何気なく本棚を見上げた時、そこに見慣れない一冊の本があるのにわたしは気付いた。「赤いサソリ」。江戸川乱歩の少年文庫シリーズだ。でもわたしはそんな本を買った覚えがない。いつのまに紛れ込んだのだろう。わたしは不思議に思い、その本をとろうと本棚に手を伸ばす。
「痛!」
見ると指先に小さな針が刺さっている。
サソリの毒針……。
指先から滲み出る赤い血を眺めながらふとそんな言葉が記憶に蘇る。以前にもこんなことが……。
そう、わたしは思い出した。その本の本当の持ち主のことを。
まだ幼かったころ、近所に済んでいた男の子。推理小説が好きで、沢山持っていた。わたしもいろいろと借りて読んだ記憶がある。これはその一冊。でもそれがなんで此処に? そう言えばあの子は今、どうしているのだろう?
その子のことを思い出そうとすると、胸が苦しくなる。例えようのない不安が胸を過り、思い出してはいけないと、わたしの心が警鐘を鳴らす。何があったの? どうして思い出しちゃいけないの?
わたしの指に刺さったサソリの針が全てを思い出させてくれた。
「知ってるか? こう言う怖い本にはちゃんと仕掛けがしてあるんだぞ」
「仕掛け?」
男の発する意味不明の言葉にわたしは首をかしげる。仕掛けって絵が飛び出すとか?
「違うよ。例えばこれ」
そう言って男の子は一冊の本をわたしの前に掲げる。それは「赤いサソリ」という題名だった。
「これにはな、サソリの毒針が仕掛けてあるんだ。だから気をつけてさわらないとサソリに刺されて死んじゃうんだぞ」
そう言ってその子はわたしの本棚にその本をしまおうとする。
「やだよ、そんな本入れないでよ。怖いよ。ちゃんと持って帰ってよ」
本を入れさせまいとするわたしと意地でも入れようとする彼。もつれ合いながらも彼は強引にわたしの本棚にその本を入れてしまった。
「痛!」
その時彼が悲鳴を上げた。彼が抑える指先に赤い物が見える。血?
刺の刺さった指先から滲み出る血を呆然と見つめていた彼は、そのうち我に返ったように急にわめき出した。
「ど、毒がー! サソリの毒が!」
そう言って彼は急にのたうち回って苦しみ出したのだった。そのあと彼がどうなったのかは記憶にない。
コンコン!
誰かが部屋のドアをノックする音にわたしは我に返る。静にドアが開き、彼が顔をのぞかせる。
「よう、どうした」
呑気に問いかける彼にわたしはそっと指を突き出す。それを見て彼は笑った。
「おっ、サソリの毒針」
そっか、彼は彼だったんだ……。
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