彼女がいるとかいないとか

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「男がいるとかいないとか。そんなんで女の価値は決まらんから」
 ビールが喉を伝い、胃に流れ込む。
「はいはい、まぁまぁ」
 俺の隣にいるいかにもできるふうの女はカラになったコップにビールをつぐ。
 もう結構飲んでいる。
 でもどんなに飲んでも一向に酔いは回ってこない。
 いや。確かに回っているんだが、でも頭の芯だけが妙なくらいに冷め切っていた。ビールがやけに冷えているのも手伝っているような気がする。
 それに。どうしてこんなに飲んでいるのにこいつは平然としているんだよ。そういやこいつとは長い付き合いだが、べろんべろんに酔っ払っている姿なんてお目にかかったことはない。今だって平気な顔をして熱燗なんて頼んでやがる。
「男がいる女が──結婚している女が、必ずしもみんないい女だとは限らねぇし」
 なんだか俺よりも酒に強いという状況を見せつけられて、あまりの悔しさにつがれたビールをぐいっと空けた。
「──はいはい。分かってますよ。どうでもいいけど、ペース速くない?」
「ペースは、速い」
 でも頭の中はさえている。
 俺はきちんと言わなきゃならない。伝えなきゃならない。でも長年友人として付き合っていながらいまさら口にするそれは素面ではとても無理がある。だから少しばかり酒の力を借りようとしている。
「もう、やめとけば?」
 そういいながらこいつがちらりと腕時計に視線を落としたのを見逃さなかった。
 終電を気にしているのだろう。
 その行動に俺は焦った。だからこいつの嗜める言葉さえ全く無視して俺は続けた。
「──俺は彼女と別れたけど」
 そう告げた途端、こいつは複雑な表情をした。諦めと寂しさと悲しさが複雑に入り混じったような、なんともいえない表情。
 ふと、別れた彼女の顔が思い出された。彼女もあのとき同じような顔をしていた。
『だってあなたにとっての一番は私じゃないもの。──確かにあなたはわたしを好きだと言ってくれたけど、あなたの心を一番に占める人は他にいた。共に仕事をして、共に目標を持って、共に時間を分かち合う人が。あなたはそれは恋じゃない、単なる友人だとそういうかもしれない。でもあたしはそれが辛かった。あたしがどんなに努力してもあなたとそんな関係をつくることはできない。──そんなあたしを彼は受け入れてくれた。あたしはそんな彼をしっかりと見つめて、彼の気持ちに応えたい』
 彼女はそういって、すっぱりと俺と別れた。
 俺にとっての一番。
 別れた彼女に突きつけられた問題を俺はずっと反芻していた。
 ちらりと横に座る女に目を向ける。つい先日まで女として意識したことなんてなかった。でも別れた彼女の言葉は急激に俺の周囲の色を変える要因となっていた。
 世界が、急激に変わる。

「──だから。俺には彼女がいないけど。だからって俺が安い男ってことじゃないって言いたくて」
「はいはい。あんたは安くないよ」
 それは俺の言うセリフ。
 俺は安くないといきがってみるものの、安くないのはこいつのほうだ。
 そう。安くない。
 さばさばしていて、気風がよくて、はっきり言って異性と意識したことはなかった。営業成績で張り合っていたりもしたから、ときには憎たらしく思うこともあった。なのにそれが別れた彼女のあのセリフのせいで、急に変わった。
 こいつは気づいているのだろうか。
 ふとした瞬間に見せる気の抜いた顔が、カップに口をつけた唇が、酒が通るその喉の動きが、杯をもつしなやかな指が、俺を誘って目を離させないことを。
 コイツとの信頼関係をなくしたくないとも思ったけど。それ以上にこいつを思いきり抱きしめて、キスして、この腕から離したくないと思った。
 今の俺にあるのはどうやったらこいつを手に入れられるか。そればかりだった。
「・・・そう、言い切られても困るけど」
 俺はコップから手を離し、まっすぐにこいつをみた。
 こいつとの仕事上での勝負はほぼ五分と五分。
 しかし肝心の所でいつも営業成績を抜かれる。
 俺は詰めが甘いらしい。
 でもここで負けるわけにはいかない。今日だけは。絶対に。
「買わない?」
 俺はどうにかその一言だけを口にする。
「・・・? 宝くじかなんか?」
 っとになぁ。どうしてそうおまぬけな回答をするかな、こいつは。
「いや。俺」
 わずかに表情が動いたが、さすが営業。すかさず感情を隠して問うように俺を見つめる。
「・・・あんたを?」
「そう」
 こいつはどんな反応に出るだろう?
 どんなふうに俺に返すだろう。ふられたばかりでこんなことを言い出す俺をどう思うだろうか?
 でも。彼女がいるとかいないとか、そんなことは関係ない。
 いようがいまいが、ふられたばかりだろうがなんだろうが、コイツに対する気持ちに気がついてしまった今、なりふり構ってなんていられない。
 答えを待って俺は固唾を呑む。
 まあな。たとえその答えがノーだったとしても。俺は絶対コイツを手に入れてみせるけど。
 どこまでも、それこそ世界の果てまでも追いかけて、かならず手に入れてみせるけど。。 


Fin

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恋愛小説のクイーン、古邑岡 早紀さんからお話を頂きました。 
しかも、恐れ多くも、私が早紀さんへと贈った「男がいるとかいないとか」とリンクしていますっ!
ひゃぁ〜〜〜!
全世界の100万人の早紀さんファンの皆様、すみませんっ!
鹿の子、幸せものっ!
嬉しい!
嬉しいです〜〜!!

早紀さん、ありがとうございました!
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