篠田家の四兄弟が、そろいもそろって優秀なのは、近所では常識だった。
その優秀なる兄弟の次男、篠田 幸弥（ゆきや）と私は同級生だ。
赤ちゃんの頃から篠田を知る私の両親は、彼を「幸弥君」なんて呼んでいるけれど（もしかしたら、私も幼稚園の頃はそう呼んでいたかもしれないけれど）、私は彼のことを「篠田」と名字で呼んでいた。
同級生の女の子たちが「篠田君」と呼ぶなか、私だけ「幸弥君」と呼ぶほど、彼の名の呼び方に執着はなかった。
私も篠田も背が高く、そういった点での接点は多々あった。
席順、並び順、委員職。
小学校に中学校。背の高さだけでしっかり者と思われた私は、結果、本当にしっかりしている篠田とコンビを組まされ、クラス委員や文化祭実行委員をした。
一番の被害者は篠田だ。
彼は私と組むと、最低でも１・５人分の仕事を引き受けるはめになった。
そんな私に文句の一つも言わず、黙々とフォローしてくれる篠田に、面倒見のいいお兄ちゃん魂を見た。
学業優秀で大学進学を目指す篠田と、高校を卒業したら調理専門学校に通う私は、当然違う高校を選んだ。
小さなころから料理をすることに興味があった私は、脱サラをして近所で洋食屋を営む父の店で働きたかった。
高校入り、遅ればせながらどんな場面にも篠田がいないことに気がついた。
途端、胸に、すーすーしたものを感じた。
なにかを間違えてしまったような気持ちにもなった。
しかし、どこからどうやり直したところで、私は篠田と同じ高校に進む道は選ばなかったと結論づけた。
私は、篠田に近すぎたのだ。
特別に仲がいいわけではなかったけれど、いろんな状況の結果、気がつけば一緒だった。
私はこのさみしさを、そんな相手と離れた戸惑いだと理解した。
それを裏付けるように、新しい友達とともに料理クラブに充実した日々を過ごすなかで、篠田への気持ちも薄れていき、そしてあっという間に三年間が過ぎた。
卒業式から数日経ったある日、そういえばねぇ、と母は、篠田が有名大学に合格したことを私に告げた。
そりゃすごい。さすがだねぇ、と感心しつつ、同級生とはいえ合格祝いをあげたほうがいいのだろうか、と考えたはじめたとき、「というわけで、幸弥君にお願いしたのよ」と母がにこりと笑った。
「篠田に頼むようなことなんて、なにかあったっけ」
まさか、この期に及んで娘の勉強を見て欲しいなんてことはないよね、といった思いを抱きながら、恐る恐る尋ねる。
中学時代、私は篠田に、試験のヤマをはってもらったことが何度もあった。
それは、もちろん母には内緒だ。
「どうして日頃からコツコツやらないの」と、怒られること必至だったからだ。
「なに言ってるのよ。真子（まこ）の携帯電話を買いに行くのに、つきあってもらうんでしょ」
そういえば、携帯を買いに行く話をしていたんだっけ。
私は携帯を持っていなかった。
そのおもな理由は母の、「携帯って、なんだかよくわからないから」といった機械音痴に起因したものだ。
高校に入り多くのクラスメイトが持っている状況で、それはないよなぁ、と思ったが、私も機械に明るいほうではなかったので、そう強くは言えなかった。
また、友達同士の携帯にまつわるトラブルを見るうちに、ないっていうのもありかもなぁ、と思いはした。
どちらかと言えば無精者の私に、あんなマメなやりとりができるとは思えなかった。
メールはパソコンでそれなりに対応できたし、友達も私は携帯を持っていないといった前提で対応してくれた。
なければないでどうにかなるもんなんだなぁ、と思っていた私にとって「携帯電話を持つ」ことはいまさらな感じではあったが、あればあったできっと便利なのだろうと思う。
それに、あちらから買ってくれるというのだ。
それをわざわざ断るほどのストイックさは、私にない。
――そうか、篠田がついてきてくれるのか。
母と二人で行くことに対してあった漠然とした不安が、すっと消えた。
携帯ショップは混むので開店と同時に入るのがいい、なんて知恵を仕込んで聞きた母の意見により、私たち母子と篠田家の母子の計四人は、ぞろぞろと午前中の妙な時間帯に街を歩いていた。
「ごめんね。試験も終わってのんびりしているときに、こんなことにつきあわせて」
私は斜め上を向き、隣を歩く篠田に声をかけた。
母がいつから篠田に目をつけていたのかは不明だが、彼にとっては青天の霹靂だったろう。
受験勉強のせいか、篠田は多少痩せたように見えるものの、それでも１６６センチの私が見上げるほどのその高い背に見合うような、しっかりとした体をしていた。
篠田は、大きな欠伸をひとつしたあと、いや、俺も買わないといけなかったから、と意外な台詞を言ってきた。
なるほど、携帯の購入には、保護者が必要だ。
篠田のお母さんは 母のしゃべり相手をかって出るために、来たわけではなかったのだ。
「持ってないなんて意外だよ」と驚くと、「持っていると面倒そうで、嫌だったんだよなぁ」と、頭をかいた。
「なんか、ちょっとほっとしたよ」
携帯を持っていないのが自分だけじゃなかったことが嬉しくて、ついそんな台詞を言ってしまう。
「そっちこそ、持ってなくて不自由じゃなかったわけ。女子って、携帯好きだから」
「まぁ、そう思った時もあったけど、今となっては、なくてもよかったかなぁって」
「俺もそうだな。マメじゃないから、きっと持っていてもあんまり使わなくて、かえってひんしゅくをかったかもしれない」
――あらら。私と同じような考えの人がいたなんて。
意外な共通点に、ちょっと笑った。
「真子ちゃんと、こうして一緒にお出かけなんて、久しぶりね」
母と並んで前を歩く小柄な篠田のお母さんが、振り向いて笑った。
私もつられて笑い返す。
「そういえば、そうよねぇ。昔は、ご近所で子どもたちを連れて、プールに行ったりしたものねぇ」
母親同士顔を見合わせ、「懐かしいわ」と声をそろえた。
確かに、うちの近所は、同じくらいの年の子がぞろぞろいたせいで、町内会のイベントも多く、家族ぐるみで仲がよかった。
さすがに、子ども同士はとっくの昔にそこから抜け出し、中高と独自の交友関係を築いたが、母たちは今でもたまにランチに行っている。
「幸弥君がきてくれて、助かるわ。おばさんも真子も、機械が苦手なのよ」
篠田はそんな母の言葉に、お役に立てるのなら、なんて答えている。
ここで、はなから名前があがらないうちの父は、そもそも戦力外だ。
「ほら、真子。幸弥君にお礼は言ったの」
今度は私か。
そりゃ、お礼を言う気はあるけれど、まだ携帯ショップに着いてもいなければ、ブツを手にもしていないじゃない――と、文句を言いたいところをぐっと堪える。これからそれなりの値段の品物を買ってもらうのだ。波風は立てたくない。
わざとらしくないだろうかと思いつつ、ありがとう、とお礼を言うと、篠田は尤もらしい顔で頷いた。
「……いったい、なにをどう選べばいいんだろう」
やけに明るい店内で、茫然と立ちつくす。
「真子、お母さんたちはあそこで待っているから、幸弥君にしっかりと選んでもらうのよ」
自分は関係ないとばかりに、母は篠田のお母さんとソファーに陣取ると、世間話を始めた。
気を取り直し、もう一度、フロア一杯にディスプレイされた携帯電話に視線を移した。
しかし、私のようなものにとっては、選択肢が多いっていうのも、ある意味不親切だ。
「デザインとか、機能とか、こんなのが欲しいとかあるの」
救世主篠田の声が、頭上から降ってきた。
「そう、言われましてもねぇ」
さっぱりでごんす、ってなゼスチャーをしてみせる。
私の姿に篠田は少しだけ笑うと、「じゃ、どんなことができればいいの」と、訊いてきた。
おう、それなら簡単。
「電話と、あと、写真を撮ることができればいいかなぁ」
「メールもするだろう」
「……メール、ねぇ」
パソコンのキーボードに慣れきってしまった指にとって、携帯のボタンはやけに小さく頼りなく感じられてしまう。
「まぁ、これから個人同士の連絡手段は、携帯のメールになるんだろうし」
「やっぱりそうだよね。パソコンじゃ、もう無理があるか。でもさ、いちいちこのボタンを指で押すって、嫌じゃない」
ディスプレイされた携帯を指す。
「確かにね。まぁ、そういったことにも慣れるしか、ないんだろうな」
男子なんて女子よりも指が大きいのだから、なおさら大変だろう。
「……ってことで。さて、どうしよう」
ずらりと並ぶ携帯を前に、唸る。
それぞれの下には説明はあったが、それの意味するところがわからずに、目が滑ってしまう。
「特に希望の機種がないのなら、説明するも楽だから、俺と同じやつにするか」
そう言って篠田は、目の前にあったスカイブルーの携帯を手に取った。
「あぁ、これね。うん、いいね。色も好き」
「いやぁ、色は別にこれに拘らなくても……。俺はこの色にするけど、他にもあると思うぞ」
篠田は携帯を私に渡すと、下の棚にあったパンフレットを取り、捲った。
その中には、ピンクや赤といった、いかにも女の子が好みそうな色もあったが、私はやっぱりこのスカイブルーが一番いいと思った。
「この色にする。……でも、篠田が困るなら変えるけど」
「いや、それはない。ほんなら、親を呼びますか」
篠田が手を上げると、母たちは話し足りない顔をしながらも、腰を上げた。
そのあと四人でお昼を食べて、私はそのまま篠田家にお邪魔した。
一階の畳の部屋に携帯と説明書を広げながら、私は使用に関するレクチャーを篠田から受けた。
携帯ショップでも、二人揃って受けたわけだから、いわば復習だ。
学校の授業同様に、あの場ではわかったような気になっていたけど、いざ自分で操作しようとすると、私は説明されたことを綺麗さっぱり忘れていた。
当然、篠田はそんなことはなく、私は改めて篠田を指名した母を偉いと思った。
もし、私だけだったら、途方に暮れまくるところだった。
メールアドレスなんて、買った時点ではかなりアンニュイな数字とアルファベットの羅列だった。
それを、篠田と一緒に、自分が覚えやすいものへと設定しなおした。
写真の機能を使おうと、篠田のお母さんが出してくれたケーキを撮った。
篠田が、それを俺の携帯にメールで送ってみて、と言ったので汗をかきながらも操作した。
送ったメールの返事を、篠田はものの二秒で返してきた。
その篠田からのメールを、私は開いた。
途中、篠田の弟君たちが乱入し、珍しそうに携帯をいじり騒ぎだし、篠田に怒られ退出する場面があった。
「篠田ってやっぱりお兄ちゃんなんだね」と感心すると、「いや、そんな理由で怒ったんじゃないんだけど」と珍しく言葉を濁した。
じゃ、どういったわけなんだろうと、ちらりと思いはしたものの、手の中の携帯を思えばそんな話をしている場合じゃないことはわかった。
不安なことを聞き、使い方の一通りをこなし、篠田のおかげで晴れて携帯マスターとなった私は、足取りも軽やかに自宅へと戻ったのである。
四月になり、私たちはそれぞれの道へ進んだ。
多くの友人が短大や大学で青春を謳歌する中、私はひたすら野菜を刻んだり、肉を処理したり、スープをとったりと、常に汗だくだった。
専門学校の友だちの中には、それでも無香料のお化粧品でかわいらしくしている子もいたけれど、私はもともとがあっさりした性質（たち）だったこともあり、高校の延長線上的な顔＆スタイル、つまりが、すっぴん＆ジーンズだった。
学ぶべきことも多く、とるべき資格もあり、充実しながらも、あわただしい日々だった。
そんな時。
ふと。
家路につく私の視界一杯に、茜色した夕暮れの空が広がっていることに気づいた。
声もなくただそれを仰ぎ見ていた私は、そうだそうだと携帯を取り出し、料理以外のものを初めて撮った。
そして、さらにふと。
この写真を、誰かに――篠田に見せたくなった。
篠田に、ちゃんと携帯を使いこなしているよ、といったところも知らせたかった。
私の指は、篠田に教わった通りに、写真を添付してメールを送る手順をたどっていた。
とはいえ、困ったのが文章だ。
私は、篠田相手に綴る言葉が見つからなかった。
なので、無作法だろうなと思いつつ、でも篠田ならきっと怒らないって妙な確信をもち、写真だけを送った。
無事に送れたマークが出てほっとし、携帯をポケットにしまおうとした瞬間、滅多に鳴らない着信音が響いた。
慌てて開くと、篠田からだった。
篠田のメールも本文はなく、添付された写真のみだった。
「うわっ、かわいい」
そこには、まるまるとした笑顔の赤ちゃんがいた。
そういえば、篠田家のご長男には赤ちゃんが生まれたと聞いていた。
篠田、おじちゃんか。
携帯をしまいながら、一人でにやにやと笑ってしまった。
それ以来、本文なしの写真のみのメールを、ぽつりぽつりと篠田と交わすようになった。
私は食べ物が多かったけど、篠田は景色が多かった。
この場所はどこなんだろう、と思うときもあったが、お互い写真だけだったので、あれこれと推測するしかなかった。
だったら文章を入力して、聞けばよかったんだろうけど、そうすることで――文字を使うことで、全てが台無しになるような気がして、できなかった。
そうこうするうちに、月日は流れ。
私はいよいよ、父の洋食屋で働くことになった。
接客と洗い物担当からスタートだ。
父から、ピッと糊のきいた制服を渡されたとき、嬉しさのあまり写真で撮ってしまった。
そして、いつものように篠田に送った。
篠田からは、スーツの写真が届いた。
就職活動開始なのか、それとも既に内定ってもんが出たのか。
普通の大学生活にうとい私にはわからなかったが、ともかくその写真を見て、篠田もそろそろ社会人になるんだなぁと思った。
――あれっ。
近くの書店を覗いたら、スーツ姿の篠田がいた。
メールでのやりとりはあるものの、生身の篠田を見るのは、本当に久しぶりだ。
ご近所とはいえ、活動時間帯が違うと、滅多に顔は合わせないものだ。
スーツを着た篠田は、なかなか様（さま）になっていた。
うちの店に来るサラリーマンさんみたいだった。
声でもかけようかと、一歩踏み出したそのタイミングで、篠田の隣に立っていた女性が篠田に話しかけた。
彼女も、スーツを着ていた。
……私は、ジーンズだ。
まぁ、いいや、と思って、私はその場を立ち去った。
まぁ、いいや、と思ったはずなのに、心の中はもやもやとしていた。
そして、またまた月日は流れ。
父から、ようやく食材に手を出してもいいと許可が出た。
野菜を洗ったり、皮をむいたり、切ったり。
そしてそのうち、サラダは私の担当となった。
練習のため、店に出すサラダと同じものを閉店後に作った。
そして、写真を篠田に送った。
篠田からは、会社の名刺の写真が送られてきた。
そうか、篠田もがんばっているんだと思い、私も力がわいてきた。
それからしばらくした、ある日のこと。
篠田からメールがきた。
パスポートの写真が添付されていた。
それを見た私は、篠田が仕事で海外に出るのだとわかった。
そんなことは一言も書いていなかったけど、そういうことなんだろうと。
私は、初めて携帯で篠田に電話をした。
「お互い、あれ以来ずっと同じのを使っているなんて、物もちがいいな」
携帯ショップに向いながら、篠田が言う。
「でもさ、それも考えものだよね。携帯が壊れる前に、お店がなくなっちゃうんだから」
私は篠田に、携帯を買いかえたいのでつきあってほしい、と頼んだ。
すると篠田も、俺もかえようと思っていたところだった、と言ったのだ。
しかし、以前篠田と行ったショップは既になくなっていたので、私たちは少し遠くにある同じ会社の携帯を扱う店に行くことになった。
そしてこの機会に、携帯を自分の名義で契約しなおすことにした。
今もつ携帯の解約に必要な書類は、事前に調べ揃えておいた。
休日ということもあり、携帯ショップは混んでいた。
私たちは受付の番号札をとると、店内を歩いた。
ずらりと並んだ携帯は、私たちが持つものより薄く、画面は広く、全体としてはスマートになっていた。
「デザインとか、機能とか、こんなのが欲しいとかあるの」
篠田の以前と同じ問いに、「電話、メール、写真かなぁ」と答える。
携帯は進化しているのに、私の使い方に進歩はない。
篠田は、少し考えるような顔をすると、壁にかかっていた携帯を手に取った。
「俺は、これにしようかと思う」
篠田の手には、以前とよく似たスカイブルーの携帯があった。
私は、前回も篠田と同じものにして間違いがなかったから、今回もそうすることを伝えた。
「これは、海外にも繋がるから」
篠田がぽつりと言う。
「……海外」
あぁ、やっぱり、という思いで頭が一杯になった。
「うん。海外」
そう言いながら振り向いた篠田を見た途端、私は不覚にも涙が出てしまった。
今までだって、約束して会うなんてことはしていなかったのに。
なのに、海外って単語で涙を流してしまう私はずるい。
会わなくても、話しをしなくても。
嬉しいことを真っ先に知らせる相手、それが篠田だったのだ。
会わないのに、話さないのに、それでもそばにいて欲しい相手、それが篠田だったのだ。
「これからもメール、待っているから」
篠田は少し体を屈め、私の顔を覗きこんできた。
私はこくりと頷いた。
その様子は、どう贔屓目に見ても、迷子になった子どもに大人が「どうしたの」と訊くようなもので、同学年女子相手への態度には思えない。
けれど、篠田にとっての私は、そうなんだろうなと思った。
近所の、機械オンチの子。
「本当に、待っているから」
まっすぐな篠田の言葉に、私はなんども頷いた。
せめて笑顔を見せようと頑張ったけれど、それが報われたかどうかは篠田にしかわからない。
そしてまたまた月日は流れ。
私はサラダに加え、料理も作るようになった。
まずは、オムライス。
白いお皿に、ふっくら黄色いたまごとその上にかかった赤いケチャップの三色が美しい、昔ながらの一品だ。
最近では、サラリーマンさんだけじゃなくて、若いＯＬさんも多く来てくれるようになった。
大人になった幼なじみの面々も、自分たちが稼いだお金をつかい食べにきてくれるようにもなった。
洋食屋の二代目が女だってことは珍しいようで、タウン誌やこの間なんてグルメ雑誌の取材まできたのには驚いた。
経験は、自信を生む。
きっと、遠い空の下の篠田も、そうした日々を過ごしているのだと思った。
閉店後に、余った材料で作ったオムライスを携帯で撮り、海外にいる篠田に送った。
――「食いたい」
しばらくすると、そんなメールが返ってきた。
篠田は海外に行ってから、写真だけでなく文字も送ってくるようになった。
そんな篠田にならい、ちょっとした一言を、私もなんとか綴れるようになっていった。
私たちの間に、交わす言葉が生まれた。
だから、変な話だけど、以前よりも篠田のことを近く感じた。
さらに日々は過ぎ、私は店の多くの料理を任されるようになった。
ある日、ランチの看板を下げにおもてに出た私は、その空を見上げ急いで店内に戻った。
そして、携帯を持ち、空に向けて夢中でシャッターボタンを押した。
その晩、篠田からメールが届いた。
――「帰国します。オムライス、食わせて」
私は、今日撮った、とっておきの写真を篠田に送った。
雨上がりの空にかかる虹の写真に、「待ってるよ」の言葉を添えて。
2011/2/3（初稿）
2013/6/17 加筆修正
